December 19, 2003

『ラストサムライ』

ラストサムライ.jpg
『ラストサムライ』を観てきた。
いや~よかった。ここ1、2年で観た映画で一番よかった。久々に見ごたえある映画だった。
渡辺謙の戦いに敗れて逝く瞬間の顔をぜひみてやってほしい。アカデミー助演男優賞の声にもうなずける感じだ。小雪がトム・クルーズの帯を締める場面、じつに日本的だと思った。日本の女性の美しさを、最近武士化してきた現代の女性に見てもらいたい感じだ。監督の武士道精神や日本の文化への共感は本物、僕たち日本人以上だと思いました。観終わって俄然日本文化に興味が沸いてきたのは確かだ。
◇ところで映画の感想を書き込んだこちらのブログへのコメントが凄いことに。
完全に映画の感想スレッド化してます。→I am gonna...
海外の日本人の感想が多いのが印象的。彼らが一番この映画に勇気づけられたのかもしれない。
い…いかん。コメント読んでたら映画思い出して泣けてきた。
◇この映画はまさに『レクサスとオリーブの木』の物語だ。片方がグローバルに邁進する一方で流れにのれず取り残されていく人たち。消え行く運命と知りながらも”大切なもの”を守ろうとする。カタチは変わっても”武士道”の精神が後世に語り継がれ残されていくということはこの映画の存在自体により明らかだ。
◇自由国家建設といいながら、ネイティブアメリカンを排除してきたアメリカ建国の大きな矛盾点を監督は感じているのではないか。そんな歴史への「許してください」の意味も込められているのではと感じました。

投稿者 kensuke : December 19, 2003 09:56 AM | トラックバック
コメント

「ラスト・サムライ」、最高に、くだらない!!映画でした。

あれだけ時代背景がハチャメチャで、セットもハチャメチャで、人間関係もハチャメチャな映画はないんじゃないですか!?

時代背景は、あれじゃ「戦国時代」じゃないですか。おまけに、幕末期には鉄砲が存在していたのに、どうして使わなかったのでしょう?

人間関係で言えば、本当に日本の映画なら天皇を登場させることはできないのではないですか?おまけに明治天皇は「関西」育ちなんですよ。それなのに、なんで「標準語」話してるんですか?

あと、勝元の家族は、反乱軍の家族なのに、なんのおとがめなかった。これ、おかしくないですか?

セットで言えば、まず植生。日本のどこにあれだけシダ植物が生えたところがあるんです?
また、なんで皇居が神社なのでしょうか??
京都の御所だって神社ではないですよ。

ハリウッドが作った駄作「パールハーバー」を見て「感動した!」なんておバカなこと言った人がいたのを記憶しているのですが、そういう人は、あの映画で「敵」だったのが、どこの国かちゃんと理解してたのでしょうか??

世紀の駄作「ラスト・サムライ」で泣くようなおバカな人は、もう日本人とは言えないですね。そういう人は「アメリカ人」なのでしょう?アメリカの文化にどっぷり浸かった、日本を忘れた人なのでしょうね

Posted by: H : January 19, 2004 08:03 AM

娯楽映画ですから、確かに歴史の勉強にはならんですね。(それを期待してみれば裏切られますが)
ドキュメンタリーの質を求めるのはいかがなものかと。
僕としては、フィクションの『映画』としてのストーリーの表現方法や、作者が何を観客に伝えたいのかという伝達手段としての「映画」の表現方法を重要視しています。
「映画」に何を期待するのかはひとそれぞれでいいと思います。

Posted by: kensuke : January 21, 2004 02:59 PM

「ラスト・サムライ」、最高に、考えさせられる!!映画でした。
最初から娯楽映画としてみていたのもありますが、色々考えさせられますね。
 明治10年代前後の日本が混沌としていた事、南北戦争後のアメリカ合衆国、、混迷の時代を駆け上る新興国家同士の人間像、そういう点では「フィクション」ですがよく画面に納めたものだと思います。ま、鉄砲を使わない(戊辰戦争当時も外国製銃を幕府側は使用している)のは、侍=刀という外国人から見たイメージを増幅させるものなのでしょう。明治維新前後のドキュメンタリーならもっといい映像がありますから(個人的には、テレビ映画「五稜郭」がお勧め)
 外国人監督としては日本のイメージ作りにかなり努力してると思いました。努力が十分だとは言いませんが(笑)日本人監督が「南北戦争物」映画を作ってもこれには及ばないでしょう(笑)

この監督が描きたかったのは、まあ個人的な意見ですが
○滅び行く者達への悲哀
○伝統とそれを伝えなくてはいけない今の我々の責任
○道徳心
ではなかったのかと思います。当時の日本は新しい西洋文化と古くからの日本文化の価値観が鬩ぎあい、融合していった時代です。そしてどちらが正しいなどとは言えません。双方ともにそれなりの影響を今生きる我々に与えています。
 どちらかを否定する事はできないでしょう。なぜって今の日本人はオルグレンや勝元、双方の文化を甘受して育ったのですから。
まあ、かれらはそれぞれ極端すぎますけどね(笑)
 外人監督でも(その結果はどうあれ)日本文化を描こうとしてるのです。同じ国籍の人間を「アメリカ人」と言う前にHさんも「南北戦争」について勉強したらいかがですか?中西部や南部、東海岸の植生や風土、文化について精通してからそんな批判をするべきでは?
 日本人は異文化を受け入れ、融合する事で「今」を作ったのですから。Hさん、貴方はほんとに日本人ですか?

 ま、そんな日本人としての「今」の自分を考えさせられる映画でした。映画の内容はフィクションですが、米国の(一部の、かもしれませんが)メディアは、日本をこういう感じでとらえているのだと、思いました。

 ま、堅い話は抜きで娯楽としては面白かったですね。なにより騎馬隊の突撃は個人的にはお気に入りのシーンです。武士というイメージを凝縮した感じでした。まあ、戦闘シーンは好きなので(笑)
「乱」よりはよほど感動する娯楽映画です。

Posted by: oha : March 9, 2004 08:59 AM

追伸

当時の関東地方の植生:
 多くの家庭は木炭を燃料としていた為、周辺の山々はほぼ禿山でした。富士の樹海さえ当時は存在しませんでした。その点から考えると、あのシーンは切り株だらけの荒地が適当でしょう。もっとも今の我々が想像するような「日本の古きよき元風景」とはいえないでしょうが。。。

反乱者の家族:
 当時すでに親類縁者の連座による刑罰は廃止されていました。明治初期における文献で確認をしてください。ちなみに勝元のモデルだと言われている西郷隆盛の長男菊ニ郎は湾基隆支庁長、宜蘭庁長京都市長などを歴任、現在は鹿児島市常盤町で眠られています。

皇居について:
 映画の中で「皇居」の記述がなく、なんともいえません。西南戦争当時は鎮台制のもと、討伐総督府は大阪の難波別院にありました。総督は有栖川宮熾仁親王でした。これからは想像ですが、本営=天皇の所在地と監督は考えたのかもしれません。日本の宗教文化によほど精通していないと神社仏閣の区別がつくとは思えないので単純に鳥居をつけたのではないでしょうか。とてつもなく長い石段は愛嬌でしょう(笑)

 これを機会に明治初期の日本について勉強するのもいいかもです。知識の裏づけのない偏見は、「娯楽」さえ「苦痛」にしますから。

Posted by: oha : March 9, 2004 09:57 AM

さらに追伸

天皇の方言:
 映画の背景である時代、廃藩置県によって幕藩体制が完全に消え中央集権体制が確立しました。中央集権化の一貫として文部省が設置され、文部省はそれまで府県まちまちの小学校政策を変更、1872年「学制」の頒布を行います。
 また当時は「学制」教育による新しい口語を「標準語」と言い、大東亜戦争後は「共通語」と改めています。文部省設置以降、明治政府は教育政策に積極的に取り組んでいる為、その長である明治天皇が「標準語」を使わなかったとは断言できません。後の大正天皇、昭和天皇に対する教育熱心な姿(文献は失念)からも、むしろ積極的な「標準語」の使用を行ったと考えるのが自然です。映画の時代背景は「学制」施行以前ですが、「娯楽映画」であること、現在の日本人俳優の台詞回し、観客の事を考えても「共通語」であるほうが望ましいでしょう。(ドキュメンタリーなら別ですが)

Posted by: oha : March 9, 2004 10:36 AM

度々カキコすいません・・・><
Hさんに再登場お願いしたいので。
わたしは新渡戸稲造の「武士道」を何度も読み、所蔵もしています。貴方のおっしゃる武士道とは何なのでしょう?新渡戸稲造著作の本から何を学んだのでしょう?
 わたしは、読んだ後「包容力」「求道心」「寛容」を学び取ったつもりです。また、ラスト・サムライはそれをシンプルに日本人にも外国の方にも映像と言う形で見せてくれたベストではないにしてもベターな作品だったと思います。知識の有無に関わらず、純粋な日本人としての「誇り」を呼び起こしてくれた作品だと思います。
 多くの方が感じた事は偽りの感情ではなく、私達民族(日本で生き、これからの日本を支える人達も含めて)の純粋な心を育てるきっかけになってもらえる作品だと思います。

 残念ながら、Hさん、あなたには「包容力」「求道心」「寛容」そしてちょっとした「知識」すらありません。貴方のような日本人が居るのは残念です。それとも人種差別主義者なのですか?
 
 普通にカキコされてる方、管理人の方、駄文失礼しましたm(_ _;)m

Posted by: oha : March 9, 2004 12:06 PM

 ラストサムライを、国際線の飛行機の中で見ました。日本文化の中で育ったわけではない人たちが、非常に誠実に武士道の精神を捉えて描き出そうとしていることに対し、とても好感をもちました(日本人的につっこみたくなる箇所はありましたが、それは作品の評価とはまた別の問題。)
 サムライの精神的な理想郷や原風景のようなものが、とても美しい形で表現されていて、私は感動しました。と、同時に、あんな人たちが今の時代に現存していたら、とてもじゃないけど怖くって・・・やはり滅びるべくして滅びる存在だったのだろうなと思いました。
 私は、新渡戸稲造の『武士道』など、読んだこともないのですが、例えばサムライの精神を日本の精神の原点のように捉えるようになったのは、彼らが滅びてからのちのことなのでしょうか?

 あと、これは個人的つっこみのレベルなんですが、政府軍の兵隊さんたちが可哀そう!と何度も思った。たしか、農家の次男やら三男やらが徴兵されたんではなかったっけ?そりゃあ武士は、武士道とか何とか言って格好よく死ぬのもいいけどさ、相手は農民の小倅たちだぞ。トム・クルーズ、ひどすぎる!

トム・クルーズが、最後までのうのうと生き残っているところも、サムライ・ドラマとしてはミスマッチですが(「お前も腹を切れ!」と言いたくなる)、サムライの生き方とメッセージが凍結/断絶されてしまわずに、現代に生きている自分達にまでつながるかのようで、私は面白いと思いました。

Posted by: kumiko : March 25, 2004 02:52 AM

最後の方の話無理があるとおもいます。 鉄砲につッこんで自殺行為!!雨の日なら鉄砲も大砲も使えないし 人数すくないんだから なんか作戦たてて崖にさそいこんで 
矢嵐とか 落石とか 落とし穴すらやんないで いさぎがいいというか
かなり無理があってしらけました。
次回さくラスト明治維新きたいしています。

Posted by: あああああ : June 1, 2004 11:49 PM

最後の方の話無理があるとおもいます。 鉄砲につッこんで自殺行為!!雨の日なら鉄砲も大砲も使えないし 人数すくないんだから なんか作戦たてて崖にさそいこんで 
矢嵐とか 落石とか 落とし穴すらやんないで いさぎがいいというか
かなり無理があってしらけました。
次回さくラスト明治維新きたいしています。

Posted by: あああああ : June 1, 2004 11:49 PM

>雨の日なら鉄砲も大砲も使えないし 
劇中の政府側の銃を見る限り前装滑腔銃&前装施条銃だと推測できます。発射過程の映像ではフリントロック式の作業をしていないので、パーカッション式の銃、一般に言われるゲーベル銃以降の銃器であると思われます。パーカッション式は雨の日も射撃可能です。大砲についても劇中、射撃修正を行うシーンがありますが典型的な後装施条砲です。おそらくアームストロング砲か、その発展型と思われます。アームストロング砲自体は南北戦争、戊辰戦争でも使われた砲で劇中の時代ではすでに旧式ですがそれでも雨天での発射に問題はありませんでした。

>なんか作戦たてて崖にさそいこんで
明治政府の初期の軍制はフランスを元にしていました。要はナポレオン方式です。分かりやすく言えば南北戦争のような戦いを想定した戦術を基本としていました。隊形戦、散兵戦、野戦築城、そしていまだ火力の増大に伴う戦術転換が行われていない時代ですが、一般に広大な戦場を想定していました。自分の戦闘火力を減じる地域に好んで入り込んだりしません。優勢な兵力、火力を活かせないですから。崖に誘い込むにはゲリラ戦で…しかありません。ただ、兵力差が極端にある場合、相手に政治的な制約が無い限り個々の戦闘には勝利しても戦争には勝てないでしょう。

>矢嵐とか
してましたよ

>落石とか
石落しを行うには劇中の場合、地形を利用するか野戦築城で斜提&土塁を造るしかないわけですが…。石落しの射程を考えても積極防御にしか使えません。火砲の射程はこの当時ですら4000~5000mに達しており、石ごときではとても対抗できません。ゲリラ戦を行うなら別ですが、映画としては映えないですね。

>落とし穴すらやんないで
ドリフじゃないんで(笑)それに一般に想像する落とし穴は(特に近世以降の)軍隊にはまったく効果がありません。落とし穴の発展系が堀切りであり水堀などです。敵の攻勢方向を限定する&戦闘正面を効率的に防御する為のモノですが普請には膨大な金銭、人員、時間が必要です。落とし穴を使うとすれば、小規模な戦闘を想定したゲリラ戦などでしょうか。少なくとも数千人規模の軍隊には効果がありません。

 長期戦は不可(外国の干渉を避ける為)、ゲリラ戦も不可(映画にならない為)、となると自殺的突撃しかないですね(笑)

 蛇足ながら、儚きもの、滅び行くものに哀れと愛おしさを感じるのは日本人だけの良いとも悪いとも言えない民族性だと思うわけです。

Posted by: oha : September 8, 2004 08:18 AM
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